日本生態学会, 第16回大会 (1999), 信州大学
1東京農工大・獣医学科・動物行動学, 2ヤクルト中央研究所
概要:
モンシロチョウ(Pieris rapae crucivora)とオオムラサキ(Sasakia charonda)は多摩川流域に生息する代表的な蝶類であるが、前者は開放草地性で広範に分布するのに対し、後者は森林性で局所的に分布する。本研究は、対照的な2種の蝶それぞれにおいて、地域個体群内の遺伝的多様性と、地域個体群間の遺伝的交流を明らかにすることを目的に行われた。また、本研究はとうきゅう環境浄化財団の助成を受けたものであり、この場を借りて深くお礼申し上げる。
東京都の西多摩3地区(青梅、平井、横沢)より採集したオオムラサキとモンシロチョウからDNAを抽出し、ミトコンドリアDNAのDループ領域をPCR法で増幅し、その塩基配列を決定した。そデータをもとに、個体群内の遺伝的多様性と、個体群間の類似性を検討した。
西多摩のオオムラサキには12のハプロタイプ(ミトコンドリアDNAの遺伝子型)がみられた。ハプロタイプを共有する個体の割合が、平井と青梅では、宮崎、岐阜、静岡のような遠隔地と比べてずっと高かった。一方、西多摩のモンシロチョウには66のハプロタイプが区別された。最も頻度の高いハプロタイプは、3地区のどこでも最優占していたが(14〜29%)、それ以外のハプロタイプは地区固有で頻度の低いものが多かった。
以上のことから、西多摩のモンシロチョウは遺伝的な共通性を保ちつつも、オオムラサキに比べかなり遺伝的に多様であることが示唆された。遺伝的に単調で閉鎖的な地域個体群は、遺伝的に多様で開放的な地域個体群に比べ、たとえ繁栄しているように見えても、近親交配、流行病、環境の変化・撹乱等の要因により突然衰退し滅亡する危険性が高いと考えられる。オオムラサキは遺伝的多様性の観点からも、より絶滅の危険性の高い種かもしれない。
キーワード:昆虫, 鱗翅目, 蝶, シロチョウ科, タテハチョウ科, 保全, 生態