日本生態学会, 第48回大会 (2001), 熊本県立大学

贈呈物質の少ないオスは、交尾努力を減らすのか?

廣田 忠雄1・小原 嘉明2

1国際基督教大学・理学科・生物, 2東京農工大・獣医学科・動物行動学

概要:鱗翅目のオスは、交尾の際 精子とともに精包物質をメスに渡す。オスが渡すことができた精包物質の量は、受け取ったメスの行動を通じて、オスの繁殖成績に影響する。複数回交尾する鱗翅目では、大きな精包を受けた取ったメスほど、次の交尾を受け入れるようになるまでの日数が長くなる。また受精時に、メスが複数のオスの精子をどのように分配するかは種によって異なるが、Pieris napiでは大きな精包を渡したオスの精子が優先的に使われる。したがって、大きな精包を渡したオスの方が、より高い繁殖成功を実現できると予想される(Bissoondath & Wiklund 1997)。  精包物質の量はオスの体サイズとも相関するが、オスの交尾履歴によっても変動する。オスは交尾した際に手持ちの精包物質を全て渡してしまうので、次に交尾するまでに再生産しなくてはならない。再生産に必要な期間は、モンシロチョウ(P. rapae ssp.)では2日程度であることが確認されている(Bissoondath & Wiklund 1996; Kandori & Ohsaki 1996)。交尾した直後、また翌日はかなり小さな精包しかオスはメスに渡すことができない。
 Rutowski (1979)はP. protodiceで、交尾して間もなく小さな精包しかもっていないオスは、積極的にメスに求愛しないと報告している。つまり、たとえ交尾に成功しても受精への貢献が期待できない時期には、交尾努力を減少させている可能性があった。一方 Bissoondath & Wiklund (1996)は、P. napi P. rapaeもオスは交尾した翌日でも実験室内ではみな交尾するので、精包量と交尾努力には必ずしも相関はないと論じている。しかし、野外でオスがメスを発見し交尾にいたる際に最もコストがかかる部分は、生息地を飛び回りメスを発見する過程である。したがって、精包量と交尾努力の相関を考察するためには、オスはメスを探す行動を定量して解析する必要がある。そこで私達は、モンシロチョウ(P. rapae crucivora)で蓄積したメス探し行動のデータを用い、交尾履歴の影響を解析した。
 その結果、平均1.8日前に交尾したオスは、未交尾のオスに比べ、1日にメス探しに割く時間が有意に短かった。一方、交尾から平均2.7, 4.3, 5.3日経過したオス達のメス探し時間は、未交尾のオスと有意差がなかった。この結果は、精包の再生産に2日かかるという事実にうまく符合する。したがってモンシロチョウでは、交尾して精包を失ったオスは、再び十分な精包量を回復するまでは交尾努力を減少させている可能性が示唆された。

キーワード:昆虫, 鱗翅目, 蝶, シロチョウ科, 交尾行動, 繁殖行動, 進化, 生態

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